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福岡地方裁判所八女支部 昭和53年(ワ)18号 判決

原告 待鳥清治

同 待鳥ヒロ子

原告ら訴訟代理人弁護士 馬奈木昭雄

同 江上武幸

同 下田泰

被告 福岡県筑後市

右代表者市長 中尾義昭

同訴訟代理人弁護士 大石幸二

同 德本サダ子

主文

被告は、原告ら各自に対し金六、九三一、五五一円およびこれに対する昭和五一年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、三分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告ら各自に対し、金一七、三〇〇、三六四円およびこれに対する昭和五一年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、「(一)待鳥清貴(二才八か月)は、同年同月二二日、福岡県筑後市大字熊野一八八三番地同市営住宅敷地内にある被告が設置管理する防火用水槽に転落して死亡した。(二)本件事故当時①本件防火用水槽の蓋がなく側壁の高さが幼児が登れるくらいのわずか三〇糎であり②本件防火用水槽の金網が幼児が侵入できるくらい破れていて、本件事故当時、本件防火用水槽の設置管理に瑕疵があったが、そのため本件事故がおこったのである。(三)本件事故による原告らの損害は各自金一七、三〇〇、三六四円となるが、その内訳は①清貴の逸失利益金二一、三〇〇、七二九円(清貴は、本件事故にあわなければ一八才から六七才まで四九年間稼働し、その間昭和五二年賃金センサス第一巻第一表―産業計、企業規模計、学歴計の年令別、階級別臨時給与を含む平均給与月額を一・〇四四倍した金額をもとにした一八才から六七才までの一年毎の各年収金額からそれぞれホフマン一括方式により中間利息を控除した別表――清貴は現時点で満六才であるから、別表中のホフマン係数は満六才を前提にしている――どおりの計算による合計金五三、六三六、五六三円から生活費五〇パーセントを控除した金二六、八一八、二八一円の利益を得たはずである、その内金)②清貴の慰藉料金六、〇〇〇、〇〇〇円③右①②につき清貴の父母である原告らが相続したほか清貴の葬儀費金三〇〇、〇〇〇円、原告らの慰藉料金四、〇〇〇、〇〇〇円、弁護士費用金三、〇〇〇、〇〇〇円で、以上の合計金額を等分。(四)よって被告に対し、原告らは各自損害賠償内金一七、三〇〇、三六四円およびこれに対する本件事故の翌日昭和五一年四月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と主張し、《証拠省略》を援用し、抗弁事実を否認し、もし本件事故直前に中学生が野球バットで本件防火用水槽の金網を打ち破ったとしても「それをすみやかに通報する監視体制を被告はとっていなかった。」と仮定再抗弁し、仮定抗弁事実を認めたうえ「本件事故のさい、原告ヒロ子は、清貴が近所の友人方に遊びに行った姉江美の所へ行くと言って一人で外に出たので、その言を信じたところ、五分くらいして江美が一人で帰ってきたのでおどろいて清貴をさがしに出たが、そのわずか五分後に清貴の姿が見えないようになった。」と付陳し(た。)《証拠関係省略》

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告主張事実につき、(一)、(二)①のうち「本件事故当時、本件防火用水槽に蓋がなかったこと。」、(二)②を認め、(二)①のうち「本件事故当時における本件防火用水槽側壁の高さ」を「五〇糎である」として積極否認し、(三)①②と(三)③のうち、身分関係と相続を不知とし、(三)③のその余を否認し、仮定再抗弁事実につき「本件防火用水槽に異常がある場合に、被告は、地元行政区長や消防団あるいは被告の消防職員鶴田欽一にすぐ被告へ通報するよう依頼していたが、本件事故のさいは時間的にみて事前の通報は不可能であった。」として積極否認し、「本件防火用水槽の金網が幼児が侵入できるくらい破れていたのは、本件事故の直前に中学生が野球バットで打ち破ったからである。」と抗弁し、もし被告に本件事故の損害賠償責任があるとしても「本件事故のさい、自宅にいた原告ヒロ子は清貴に同行していなかった。」と仮定抗弁し(た。)《証拠関係省略》

理由

(一)  原告主張(一)の「待鳥清貴(二才八か月)は、昭和五一年四月二二日福岡県筑後市大字熊野一八八三番地同市営住宅敷地内にある被告が設置管理する防火用水槽に転落して死亡したことは当事者間に争いがない。

(二)  原告主張(二)①のうち「本件事故当時、本件防火用水槽の蓋がなかった。」ことと原告主張(二)②の「本件事故当時、本件防火用水槽の金網が幼児が侵入できるくらい破れていた。」ことも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると原告主張(二)①のうち「本件事故当時、本件防火用水槽の側壁の高さが幼児が登れるくらいのわずか三〇糎であった。」ことが認められるから、前示のように本件防火用水槽が市営住宅敷地内にあることから推認される幼児が本件防火用水槽に近ずくと予想されることをあわせ考えると、本件事故当時、本件防火用水槽の設置管理に瑕疵があったといわねばならない。

なお被告は「本件防火用水槽の金網が幼児が侵入できるくらい破れていたのは、本件事故の直前に中学生が野球バットで打ち破ったからである。」と抗弁するが、その抗弁事実を認めるに足る証拠はなく、もっとも《証拠省略》によると「本件事故現場の近所の奥さんから本件事故の前に中学生が野球バットで本件防火用水槽の金網を破ったと聞いた。」旨供述したが、その奥さんと中学生の氏名や金網を破った日時など全く分からないから右供述だけで前記抗弁事実を認めることはできない。

《証拠省略》を総合すると「本件事故当時に本件防火用水槽の金網が幼児が侵入できるくらい破れていたのは北側金網の側壁上部に接したところであって、そこから清貴は本件防火用水槽に侵入した。」ことが推認されるから、原告ら主張のように、被告における本件防火用水槽の設置管理の瑕疵に起因して本件事故が発生したといえるのであり、したがって被告は国家賠償法第二条第一項による本件事故の損害賠償責任がある。

ところで《証拠省略》によると原告ら付陳の「本件事故のさい、原告ヒロ子は、清貴が近所の友人方に遊びに行っていた姉江美の所へ行くと言って一人で外に出たので、その言を信じたところ、五分くらいして江美が一人で帰ってきたのでおどろいて清貴をさがしに出たが、そのわずか五分後に清貴の姿が見えないようになった。」ことが認められるが、原告ヒロ子において、清貴が姉江美の所へ行くと言ったのを簡単に信じて、清貴が一人で外へ出たのを見過したのは軽卒であって落度といえるから、当事者間に争いがない仮定抗弁の「本件事故のさい自宅にいた原告ヒロ子は清貴に同行していなかった。」ことは本件事故の一因である被害者側の過失であり、その過失割合を二割とみる。

(三)  本件事故による原告らの損害を以下のように算定する。

①  清貴は、本件事故当時二才八か月であったこと前示のとおりであり、《証拠省略》を総合すると標準以上の体格である男子であったことが認められるので、清貴は、本件事故にあわなければ高校を卒業する一八才から公知な就労終期の六七才まで四九年間稼働し、その間毎年すくなくとも昭和五二年賃金センサス第一巻第一表―産業計、企業規模計、学歴計男子労働者一八―九才の初任給金額にベースアップ〇・〇五にあたる金額を加算した金一、三四五、五七五円を得て、そのうち半額を生活費として支出したであろうとみて、右金一、三四五、五七五円に生活費分〇・五を乗じ、これに満二才の年毎複式ホフマン係数一七・〇二四(六七才より二才を差し引いた六五才の係数から―一八才より二才を差し引いた一六才の係数を控除した係数)を乗ずると中間利息を控除した清貴の逸失利益は金一一、四五三、五二五円となる。

原告らは、清貴の逸失利益につき、前記賃金センサスによる年令など別の平均給与月額を一・〇四四倍した金額をもとにした一八才から六七才までの一年毎の各年収金額からそれぞれホフマン一括式により中間利息を控除する計算方法を主張しているが、幼児の逸失利益算定については、稼働期間が長期であるところから、不確実な要素が多いので、確実な事故時に近い初任給に固定してベースアップや昇給を考慮せず控え目に計算するのが合理的であると思料し、それに付言すると昭和五四年六月二六日最高裁第三小法廷判決(判例時報九三三号五九頁)は、幼児の逸失利益を初任給固定方式によって算定するのは不合理ではない旨判示しており、それから一八才から六七才までの年収合計金額からホフマン一括方式で中間利息を控除するのであれば正当であるが、原告ら主張のように、一八才から六七才までの一年毎の各年収金額からそれぞれホフマン一括方式で中間利息を控除するのは誤りであり、なお清貴は原告ら主張のとおり現時点で六才であるが、遅延損害金を本件事故の翌日から起算して請求するかぎり、ホフマン係数は、二才を前提にしなければならず、原告ら主張のように六才を前提にするのは誤りであり、以上のようなことから原告ら主張の前記計算方法は採用しなかった。

②  原告らは本件事故による清貴の慰藉料金六、〇〇〇、〇〇〇円と主張するが、死亡による清貴の慰藉料請求権はないものと解するのが相当であり、それはけだし民法第七〇九条ないし七一一条を総合して解釈すると、民法第七〇九条は他人の生命を含む権利侵害者の財産的損害賠償責任を規定し、民法第七一〇条は他人の生命を除く身体、自由、名誉、財産権侵害者の精神的損害つまり慰藉料賠償責任を規定し、民法第七一一条は他人の生命侵害者の被害者の父母、配偶者、子に対する精神的損害つまり慰藉料賠償責任を規定したものとみられるのであり、そうであるから生命を侵害された者は、加害者に対し、民法第七〇九条で死亡による財産的損害つまり逸失利益賠償請求権がある(それは被害者が死亡により発生する権利を死亡の瞬間に取得するという法思考によるものであろう)けれども、民法第七一〇条、第七一一条で慰藉料賠償請求権はないことになり、なお不法行為による慰藉料請求権は、被害者が生前に請求の意思を表明しなくても、相続の対象となる旨判示した昭和四二年一一月一日最高裁大法廷判決(民集二一巻九号二二四九頁)は、交通事故により重傷をうけ受傷の慰藉料請求の意思を表明しないまま一二日後に死亡した被害者の相続人が、被害者の受傷による慰藉料請求権を相続した旨の主張を内容とする事案に関するものであるから、被害者が受傷による慰藉料請求権を取得し、その請求権が相続の対象になることを判示したものであって、被害者が死亡による慰藉料請求権を取得し、その請求権が相続の対象になることを判示したものではないと解するのが相当である。

③  原告らは、《証拠省略》によると清貴の父母であるから、清貴の前記①逸失利益金一一、四五三、五二五円についての被告に対する賠償請求権を相続したことになるほか、経験則にてらし清貴の葬儀費金三〇〇、〇〇〇円以上を支出し、そして諸般の事情にてらし清貴の死亡により慰藉料金四、〇〇〇、〇〇〇円に匹敵する精神的苦痛を受けたものと認める。

④  以上①③の合計金一五、七五三、五二五円につき原告ヒロ子の被害者側過失二割の相殺をすると金一二、六〇二、八二〇円となるが、それに一割の金一、二六〇、二八二円を弁護士費用として加算すると合計金一三、八六三、一〇二円となるから、本件事故による原告ら各自の損害は等分して金六、九三一、五五一円となる。

(四)  よって原告らの請求は、被告に対し各自損害賠償金六、九三一、五五一円およびこれに対する本件事故の翌日昭和五一年四月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、その正当限度で原告らの請求を認容排斥し、そして訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を適用のうえ、被告の大まかな敗訴率三分の一を被告の負担とし、その余を原告らの各負担と定める。

(裁判官 田尻惟敏)

〈以下省略〉

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